「女だから」と言わないで　　　　　沖井　智子
＜もう一人の私＞
　「私の中にもう一人の私がいる」
　こう思いはじめたのは、いつの頃からだったでしょうか。きっかけとなった出来
事は、何だったのでしょうか。もう一人の私は、今の私に問いかけてくれたり、叱
ってくれたり、慰め、励ましてくれたりするのです。逆に、私の方からもう一人の
私に問いかけることもあります。
　小さい頃、私の中に、もう一人の私はいなかったと思います。内も外も、一人でした。
　中学生の頃は・・・、男の子も女の子も関係なく、お互いに声を大にして意見をぶつ
　　　　　　　　　　　け合っていました。
　高校生・・・、これば女子校だったので、内も外も飾ることなくのびのびと。
　大学生・・・、この頃は皆が同じ目標に向かって（ちなみに薬科大）、一生懸命、
　　　　　　　　協力しながら勉強をしていました。
　薬剤師として仕事を始めた頃も、職場の仲間と一緒に勉強し、互いの得意分野をもっ
てそれぞれに認め合い、深め合ってきました。
　とすると、私の中のもう一人の私の存在を日々自覚するようになったのは、大人に
なってから？
　今、寺院活動に携わる私の周りには、何かにつけて
「女だから・・・」「女のくせに・・・」という視線や言葉が、矢のように降り注い
できます。腹が立ってくると、つい言い返したくなります。
　そんなとき、もう一人の私がささやきかけます。
「今はダメ。一歩引いた方がいいよ。とっても変なことだど思うけど。お念仏お念仏」と・。
　そうなんです。とっても変なんです。慎ましく男性の言うことに従い
「これが私の役割なの」と、当たり前のように振る舞う。自分の意見一つ言わず、言う場
所も与えられず、それに満足したような顔をしていると「よくできた人だ」と言われる。
本当の私はどこにいるんだろう、と思うのです。そんな自分に腹が立ち、泣いたり怒ったり。
そしてまた、そんな私を励ましてくれる私がいるんです。
　時々、”私”と”もう一人の私”の二人がかりでも抑えることのできない、私の阿修羅
が大暴れをすることがあります。どんなときかというと、
　　　　男性と同じ意見を言ったのにもかかわらず
　　　　　　「女のおまえの意見を聞く耳はもたない」
　　　　　　　　　　　と言われたり、態度で示されたとき。
　　　　ある仕事を、男はやっていいけれど女はダメ、と言われたとき。
　大きく分けると、このニつです。
　つまりは「女のくせに」「女だから」ですぺて片付けられて、一人の人間として、
同じ仕事に携わる仲間として認めてもらえないことです。
　そこでやむなく、女性だけの企画を立てると、今度は「逆差別じゃないのか？」などと
いう声まで聞こえてきます。
　こと女性間題に関しては〈地域差もありましょうが）、概して根強い思い込みが多いようです。
　男性主導型の組織の中にあって、これまで、対等な機会を与えられることの殆どなかった
私たち女性が、何とか自分たちの活動の場を広げたい、自分自身を磨いていきたい、という
だけの思いだったのですが・・・。そうした実践を通して、性別にこだわらない視点で個々
の能力を認め合えるようになれたら、との願いだったのですが・・・。
　男性・女性の問題だけではありません。僧侶とご門徒とのかかわりにおいても、特権意識
・差別意識の中で、僧侶がご門徒に対して常に優位に立とうとする傾向がありはしないでし
ょうか・・・。

　＜阿弥陀さまの願い＞
　私たちの教団の「基幹運動計画」には、「御同朋の社会をめざして」という目標が
掲げられています。
　阿弥陀さまは、すべての人びとを、あらゆるいのちを等しくすくう、という願いを
おこされ、そのはたらきが南無阿弥陀仏のお名号となって届いている、と私たちはお
聞かせいただいています。あらゆるいのちが、等しく願われ、等しくすくわれる、そ
んないのちの仲間が手を取り合って築く社会、これが御同朋の社会だと、私は理解し
ています。
　阿弥陀さまのおこころに照らされたとき初めて、私たちは、自らの自己中心的な考
え方や生き方に気づかされます。
　社会的な立場や性別・年齢・職業の違いなどはあっても、それらのどの一つも、
相手を貶め傷つける正当な理由にならないことは、いうまでもありません。
　「（相手が）傷ついているとは、思ってもみなかった」
　「差別しているつもりはない」
という言葉をよく聞きます。差別とは何かという認識のない行為者にとっては、ごく
ごく当たり前の行動でしかないのかも知れません。差別は、多くの場合、される側で
ないとなかなか気づかないものです。
　さらに言えば、時として、する側がされる側になったり、またその逆もあり得るのです。
　ここでもう一度、”もう一人の私”がささやきかけます。
　　　　「私は、私を差別してはいないか」と・・・。
　「女の私がこんなことを言ってもいいのだろうか？」
　「女のクセに、と言われないかしら？」
　また、例えば子育ての中で、「あなたは女の子なんだから」とか
「あなたは男の子なんだよ」などの言葉を発してはこなかったかしら？」などなど。
　このように自分のこころの中をのぞき、もう一人の私と対話していくと、行き着く
のはやはり、阿弥陀さまの大きな願いでした。
　阿弥陀さまに等しく願われて今を生きる私たちであったことに気づかされたとき、
初めて、一人ひとりのかけがえのないいのちの尊さが実感されます。言い換えれぱ、
阿弥陀さまのこの願いが忘れられたとき、そこに差別が生じるといえるのかも知れません。

＜ありがとう＞
　「もう一人の私」と「私の中の阿修羅」は、私が一人の僧侶として、いえ、一人
の人間として生きていくうえで、とても重要な役割をになってくれているようです。
大切な仲間なのです。差別や誤解・偏見など、自分の内と外でさまざまな壁にぷつ
かったとき、その場しのぎの手法や言葉でごまかすのでなく、振り返って、阿弥陀
さまのおこころに問い聞かせていただく後押しをしてくれる仲間といってもいいで
しょう。「御同朋の社会」とは、そうした毎日の積み重ねのうえに実現する社会で
はないかと思います。
　私自身を見つめ直させてくれた”もう一人の私”にありがとう。”私の中の阿修羅”
にありがとう。そして何よりも、必ずすくうと誓ってくださった阿弥陀さまと、その
おこころを伝えてくださった親鸞さまに、ありがとうございますと申しあげたいのです。
　そのおこころを依りどころとして、明日からまた、日々の暮らしに向き合い、力強く
歩もうと思います。泣き、笑いながら・・・。　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　「大乗」平成13（2001)年7月号　基幹運動のページ