『五右衛門風呂』（Ａ）

皆さんは、『五右衛門風呂』ってごぞんじですか？
今はもう壊してしまったのですが、我が家には楕円形の五右衛門風呂がありま
した。我が家のお風呂は「底板」と言われるものをはめてはいるものでした。
聞くところによると、下駄を履いてはいるものもあるそうです。
　さて、そのお風呂に私はよく祖母と入っていました。
「お婆ちゃんと入っていたんだよ。」というと、とってもやさしく親切なまご
のようなのですが、実は私は重りだったのです。祖母はとっても軽い人でした
ので、底板をグックとふみしめてしずめる事もできなくなってきていましたの
で、私が必ず一緒に入っていたのです。一人で入っていると底板といっしょに
プカプカと浮いてきてしまうのです。
　そんなふうにして入るお風呂でしたが、とっても楽しい時間でした。でも、
私にとっては、いやな事がひとつあったんです、お念仏なんです。おばあちゃ
んはいつもいつもお念仏なんです。一緒に浴槽に入っても『なまんだぶ』お風
呂ばかりでなく、一緒に散歩しても、お客様がお見えになっても食事の時もブ
ツブツと『なまんだぶつなまんだぶつ』まだ小学校高学年〜中学生ぐらいの私
にはとても理解することができませんでした。理解どころかそれがいやでいや
でたまらなかったんです、だってそうでしょう。小さい頃はだれしもそうだと
思いますが、死んだ時の言葉、死んだ人のための言葉と思っていたのですから。
「なんでおばあちゃんはいつもお念仏なんだろう、いやだなあ、はずかしいな
あ」「おばあちゃん、なんでいつもなまんだぶなのやめてよはずかしいから」
と言った事もありました。そんなときおばあちゃんは「ありがたいからね」と
いうだけでした。お念仏にはどんな意味があるんだろう？とそのころの私は思
うだけで調べてみようとは思いもしませんでした。
「なまんだぶ」これは「南無阿弥陀仏」と書き表されます。そして、これは南
無と阿弥陀仏の二つに分けていただく事ができるのです。「南無」は「ナマス」
の音写で帰命と訳されます。これは、仏に帰依し、うたがいなく仰せにしたが
いますという私たちの帰依の心を表しています。「阿弥陀仏」は「すべてのも
のを本願を信じ念仏するものに育て、必ず浄土に生まれさせよう、もしそれが
できないようならば仏にはならない」という誓いを完成された仏様です。です
から『すべてのものを必ず救う』という決定的な救済を私たちに告げ知らせて
いる名乗りなのです。
　すなわち「南無阿弥陀仏」とは「必ず救うから、疑いなく我にまかせよ」と
いう如来様のよびかけであって、その仰せのとおりにおまかせしている姿が信
心なのです。とお聞かせいただいたのはずーっと後のことです。
「南無阿弥陀仏」は如来様の呼び声であり、救いを告げる如来様のみ言葉とい
えるでしょう。そう考えると、私の口から出ている「なまんだぶ」は私に一生
懸命呼びかけて下さっている、「我にまかせよ、必ず救うから我にまかせよ」
と呼びかけて下さっている事なのです。私の口から出て、私の耳に入るお念仏、
これは聞いている私からいえば「ああそうだ、このお呼び声を信じよう、おま
かせしよう」という私の信心の表現であり、また「おすくい下さってありがと
うございます」という感謝を表す言葉でもあるのです。
　私が祖母とお風呂に入った時、散歩している時、祖母の口から出ていたお念
仏、これは、祖母が「生かされている私」である事を喜び、思わず口をついて
出ていたお念仏であったのでしょう。そのお念仏が「なまんだぶつ」がそれを
いやがり、はずかしがっていた私の耳から入り、私を育ててくれていたのです。
私の中に「おまかせいたします」という心が育っていたのです。その事に気づ
いた時、私は、本当の如来様の慈悲の心にふれ、心底「ありがたい」と思えた
のです。
　祖母と一緒に入った「五右衛門風呂」の底板のように、いつも私たちと一緒
にいてくださっている、踏みしめる力が強いときは、しっかりと風呂の底にあ
り、踏みしめる力が弱いときは私たちを迎えに来てくれる「ほら、ここに私が
いるよ」と・・・・。
　思いがけないところで、如来様のお慈悲に、お心に気づかせていただいたこ
とでした。

ラジオ放送「みほとけとともに―西本願寺の時間―」2003.2.13　放送