いのちをみつめて　　　　沖井智子

「『いのち』ってなあに？」
ギョッとするような一言をなげかけられました。この夏、村の子供たちとサマ
ーサンガ（子供仏教講座）をした時の事です。
「さっき、『いのち』は大切だよって言ったよね。でも、僕は蚊を殺すよ。だ
って、刺されたら痒いし、いやだもん。蚊にもいのちがあるんでしょう？僕は
蚊のいのちは大切にしていないよ。」
「他のも大事にしてないよ。おかあさんだって、ごきぶりころすよ。お坊さん
は、ごきぶりや蚊をころさないの？」
「えっ？ううん、殺すよ。」
「えっ！？お坊さんなのに？」
万事休す。さて、なんて言葉を続けよう。
頭の中がぐるぐる、グルグル、パニック！！
そんな時、我が家の子供たちの小さな頃の出来事を思い出しました。
ある時、伝道掲示板に書く言葉を子供たちに考えさせた事がありました。二人
は一生懸命考えていました。やがて娘が、
「うん！できた！言うよ。
『小さいものにも「いのち」はある。』」
「おっ！いいじゃん、いいじゃん。さあ、書いて書いて！」
幼い字で真剣に書いている娘に「どうしてこの言葉をおもいついたの？」と聞
くと「『くもの糸』のお話から」と言うのです。まいった！大人の私たちがこ
のお話からうけとるのは、自分だけが助かれば、という我欲への戒めです。と
ころが、娘はたった一匹の、たった一度助けられた小さな蜘蛛のいのちに目を
向けていたのです。思いもかけない所でこころにひびく何かを見つける子供達
のあたたかく柔らかな心。その感性にかぎりない『いのち』のひろがりを感じ
ました。
『いのち』の大切さを伝える事、これは私たち大人の大切な役割です。といか
けてきた男の子も、我が家の娘も、小さな小さな『いのち』にも目を向けてい
る。ああ、この子たちに阿弥陀様のおこころが届いている。私にとって大きな
喜びでした。
　男の子と話を続けました。
「あのね、仏様は『いのち』はどんなものにもあって、大きな生き物でも、小
さな生き物でも、男の子でも女の子でもみんな一緒でみんな平等なんだよ、と
教えてくださっているんだよ。だからね、蚊もごきぶりも僕もみんな大切な
『いのち』を持っているんだよね。ところがその『いのち』を僕は奪ってしま
っている。かなしい、困った事だよね。」
「そうだよ、どうしたらいいんだろう？」
「そこでね、私たちが気づかなくちゃいけないのはね、そういう『いのち』を
いただいて僕たちがいるってことなんだよね。虫だけじゃなくって、私達が生
きていくためには魚や牛やお米を食べてるでしょう。そういうたくさんの『い
のち』をいただかなければ生きていけない私たちが居るってことだよね。その
事に気づいた僕はどうしたらいいと思う？」「えーと、『おなじ大切ないのち
なのに僕達の体を守るために殺したり、食べたりしてごめんなさい・・・』っ
て言う。」
「そうだよね。いい事に気づいたね。」
「でも、『ごめんなさい』だけ言えばいいの？」
「もちろん、そう言っても虫や魚や植物のいのちを返す事は出来ないけど、
＜人間だから、他のもののいのちをとっても構わない＞じゃないんだよね。ご
飯のときに手を合わせるのも『ありがとうございます』と『ごめんなさい』の
気持ちを一緒に表しているんだと思うよ。本当は、どんないのちもとらずに生
きていけたら一番いいんだけど、そうできないのが人間だものね。だけど悲し
くって、困ってしまう、ごめんなさいしか言えない、そんな私達のそばに、い
つもかわらずにいて下さる方がいらっしゃるんだよ。」
「ああっー！わかった！真中の仏様だ！」
「そう！阿弥陀様は、いつも私たちのそばにいて、良い事をした時も悪い事を
した時も、私の心をちゃんとすみずみまで見ていて下さるんだよね。『そのま
んまでいいよ。わたしにまかせてね、かならずたすけるよ』って言って下さっ
ているんだよ。だから僕は、嬉しい事、悲しい事、すべて自分の事としてうけ
とめて、飾らない、ごまかさない自分を見つめて生きて行こうよ。それが阿弥
陀様のみ光に照らされている私たちの『いのち』なんだよ。」
子供達に話をしながら、私自身があらためて、『摂取不捨』の阿弥陀様のお育
てにあづかる身であることを噛み締めさせていただきました。そして、いつし
か仏教讃歌を口ずさんでいました。
　野の花の小さないのちにも
ほとけはやどる
　　朝影と　ともにきて　つつましい
　営みをあたえる　おなじように　　（　「いのち」　作詩　薮田義雄）

『めぐみ』No.176（2001年冬）