『無有代者』　　沖井　智子
＜私、無視されてるの＞
去年の秋のことでした。「おはようございます」あれ、もうそんな時間かな？柱
時計を見上げるとまだ八時三十分。今日はガールスカウトの集会日です。九時三
十分からのはずなのに、ずいぶん早くきたんだなあと集会所をのぞくと、今年中
学に入ったばかりのなっちやんが、一人しょんぼりと座っています。
　「どうしたの、何か困ってるの。友だちのこと？」
問いかける私に、なっちやんはポツリポツリと話し始めました。
　「あのね、このごろ私、みんなに無視されてるような気がするの。みんなが
　　私を避けてると感じるの」
　「なんでそんな風に思うの？」
　「だってね、みんなで話をしてる時でも、いつの間にか私は輪の外になって
　　るんだもん」
　「それってなっちやんの思い過ごしじやない？私もまぜてって言ってみた？」
　「思い過ごしじやないよ。それに、そう言ったら『まざったらいいでしょ！』
　　って大きな声で言われたし」
　「ふーん」
　「それにね、私はゆりちやんみたいにかわいくないし、太ってるし…」
　「ええっ、そんなことないよ。十分かわいいし、太ってなんかないよ。
　　ちようどいいよ」
　「そんなことないもん。みんながそう言うもん。いつも、ひとりぼっちのよう
　　な気がするの」
彼女はすっかり、自分に自信をなくしていました。だから、何もかも悪い方にとら
えてしまうのです。
＜自分自身の人生＞
　「なっちやん、『無有代者』って言葉、覚えてる？いつだったか集会の時にお
　　　話したんだけど、ちょっと思い出してみて」
　「うーん、覚えてないや」
　「そう、じやあもう一回話をするね。なっちやんは、お父さんやお母さんに、
　　　嫌いなところある？」
　「うん、いっぱいある」
　「そう。じやあ、そのお父さんやお母さんがいなくなったら？」
　「うんと、さぴしい」
　「そうだね、さぴしいよね。嫌いなところもあるけど、やっぱりいてほしいよね。
　　どんなに叱られたり喧嘩したりしても、なっちやんのお父さん、お母さんはたっ
　　た一人だもんね。それと同じでね、なっちやんも、たった一人しかいないんだよ」
　「でもさ、でもね、私がいなくてもみんな楽しそうに話をしてるし、いなくてもいいん
　　だなあって思っちやうんだよね」
　「でもね、なっちやんがいないと出てこない話題だってあるでしょ」
　「うん！」
　「ほらね、やっぱりなっちやんもいなくちやだめなんだよ」
　「うーん…」
　「なっちやんにはなっちやんの生き方があってね、なっちやんの人生は誰のもので
　　もないんだよ。自分自身のものなの。だから、人にああ言われたからとか、こう
　　言われたからって右往左往してたら、いつまでたっても大地に根をはれないよ。
　　友だちにも『ああ、あの人はどうにでもなる人だ』って思われちやうよ。太って
　　いてもやせていても、苦しくても楽しくても悲しくても、みんななっちやんの人
　　生なんだから、誰も代わってあげられないことなんだよ。わかるかなあ」
　「うん。なんとなくわかる」
＜仏さまありがとう＞
　「ね、だとしたら、なっちやんはしっかりと自分の良いところ、悪いところを見て、
　　自分自身をちやんと受けとめて、たった一度の、たった一つの大事な大事な自分
　　の人生を生きなくっちやね。そんな私を、いつでもどこでも優しく見ていて下さ
　　るのが、阿弥陀さまなんだよ。お父さんお母さんなんだよ。そんな阿弥佗さまの
　　お心に『ありがとうございます』と手を合わさせていただくんだよね。なんであ
　　りがとうございますなのかというと、それは『いつも一緒にいて下さってありが
　　とうございます』なんだよね」
　「ああ、そうだった。リーダーがいつもそう話してたよね。忘れてた」
　「そうそう、思い出してくれてよかった。だから、大切なことはね、良いところも
　　悪いところもあるけど、私は私◇誰にも比べられないすばらしいいのちをいただ
　　いて、誰も代われない一度きりの人生を生きてるんだつていう自信を持つことじ
　　ゃないかな。そして、誰よりもまず自分が自分を愛してあげなくちやと、リーダ
　　ーは思うよ。それが、最初に言った『無有代者』（大経）代わるものあることな
　　し、ということなんだよ」
　「ありがとう。話をして良かった」
なっちやんに笑顔が戻りました。心の変化の激しい中学生時代、傷つきやすいもろさ
の中にあっても立ち上がることのできる確かな依りどころ、そして何よりも素直にう
なずける心を、大切に育てていきたいと思いました。この日のなっちやんとの会話は、
私自身にもあらためて『無有代者』をかみしめさせていただく機縁でした。
本願寺新報　2000/3/10　リビング法話