おはぎ事件の思い出　　　沖井智子

「おはぎ」と「ぼたもち」の違いをご存知ですか？
「おはぎ」は萩の花に似せて、「ぼたもち」はボタンの花に似せてつくられて
いるのだと、小さい頃に聞いた事があります。
この「おはぎ」と「ぼたもち」の名称は、たくさんあります。「あんころもち」
「かんくらもち」「かいもち」「けいもち」などなど。地方によって、呼び方
がいろいろあるんです。それだけ、各地で愛されている食べ物なのでしょう。
　私のお彼岸の思い出は、この「おはぎ」にあるのです。それも、苦笑いして
しまうような思い出なのです。
　私の父は、大の甘党、なかでもあんこものには目がなかったのです。それで
いて、お酒を飲めないか？というとそうでもないのです。残念ながら、肝臓が
悪いと診断されるまではそこそこお付き合い程度には飲んでいたのです。周り
の方たちに「まんじゅうを肴に酒を飲む」と言われたくらいだったんです。そ
んな父をもっている私ですから、やっぱり「おはぎ」が大好きなのです。家族
も好きなのです。
　そんな我が家にお彼岸の最中に、ご門徒さんから「おはぎ」が届きました。
「住職さんの好物だから」と、黒塗りで内側が朱塗りの重箱にきっちりとつめ
られて、とってもおいしそうなのです。あんこのおはぎだけでなく“ずんだお
はぎ”（青豆でつくったあんこでできている）も一緒に並んでいるんです。ち
ょうどお客様で暇がなかったものですから「あとでゆっくりいただこう」とち
ょうど帰ってきていた叔母と楽しみにしていました。そんな時、ダダダーとス
クーターの爆音と共に父がお参りから帰ってきました。何か用事をすませ、ま
たスクーターの音を響かせてお参りに出かけていきました。
「ああ、お父さん忙しくて大変だなあ」と思った私でした。さて、お客様もお
帰りになり、皆で「おはぎ」をごちそうになろうと茶の間に集まりました。重
箱のふたを開けてびっくり
“あっ！！！”“ちょっと！！！”
そう言ったきり声もでません。そうです、ちょっと帰ってきた父が、ぺろりと
たいらげていってしまったのです。大ショック！
　夕方帰ってきた父はいうのです。
「今日、オレ夕食はいらないぞ、ちょっと食べすぎたみたいだ」
さあ、私たちの攻撃の始まりです。
「私たちも楽しみにしていたのに・・・」
「なんて思いやりのない」
「皆でいただこうと思わなかったの」
「かわいい娘に食べさせようと思わなかったの？」　などなど。
父は返す言葉もなく
「わるかったなあ、そうだったのかよ」
といって茶の間をあとにしました。私たちの攻撃にいたたまれなかったのでし
ょうか？
その後「おはぎ」をいただくと必ず父に言うのです。「残しておいてよ」と。
すると父は「わかっています！またおこられるからな」と。彼岸になると必ず
思い出す父との楽しい楽しい思い出なのです。
　そんな父が、お浄土にいって、もう５回目の春彼岸を迎えます。はやいもの
です。
彼岸は春と秋の２回あり、日本独特の仏教行事だそうです。
私たちのいるこの世は此岸といわれ、苦しみに耐え忍んで生きていると言われ
ます。諸行無常の世界なのです。
これに対して、お浄土をさす言葉が彼岸です。彼岸から如来さまがいつも私た
ちに呼びかけて下さっているのです。お浄土は西方十万億刹をこすところにあ
ると言われていますので、太陽が真東から出て真西に没する「春分の日」と
「秋分の日」にお浄土を偲んで、この彼岸会があるのです。
私たちが浄土を偲ぶというのはどういうことなのでしょうか？
一般的には、ご先祖を偲ぶという行為で現されていますが、本当にそれだけで
良いのでしょうか？
私たちは、ご先祖を偲ぶと共に、この此岸の現実を反省し、彼岸の仏様のお徳
をたたえるのです。「南無阿弥陀仏」という名に智恵と慈悲の心をこめて呼び
かけて下さっているのです。私たちが気づこうが、気づくまいが、願おうが願
うまいが、いつも静かに平らに呼びかけて下さっているのです。「必ず救う」
「救わずにはいられない」と如来さまは願って下さっているのです。
ですから、私たちは、春と秋の２回、この身もいつか老い、病んで、そして死
んでゆく身である事を自覚し、そして我が身をふりかえさせていただくのです。
諸仏の仲間入りをしているご先祖方を偲び、如来さまのお呼び声に耳をかたむ
け、自分の生かされている“いのち”を見つめ、感謝させていただく事が、彼
岸をむかえるうえで大切なことであると私はいただいているのです。
　父との間にあった“おはぎ事件”は、私に今いろんな事を教えてくれます。
布施の心、しかも無財の七施です。
やさしいまなざしで（眼施）、にこやかに（和顔悦色施）、思いやりのある言
葉（言辞施）で話し、誠意を持って行動し（身施）、そしてあたたかい心（心施）
で、ゆずりあいわけあう（床座施）と、安らぎの場ができる（房舎施）という
のです。あの“おはぎ事件”のころはこの無財の七施などということは、さら
さら気づかない私であったのです。あの時、私の心にこの無財の七施を思い出
す余裕があったら・・・と思う私です。
　しかしいま、あの出来事を思い出すたびに、あらためて我が身をふりかえる
事ができます。煩悩にうめつくされている私に気がつきます。そしてまた、あ
の時できなかった父との会話ができます。
「ネェお父さん、おはぎを下さったご門徒さんの心は布施の心だよね」
「そうだな」
「そうすると、私たちのとった行動は布施の心をふみにじってしまったよね」
「うん、そうだな。でもな、そういう俺たちだからこそいつも如来さまに手を
合わさせていただくんだな。ありがたいなあ、うれしいことだな」
会話の中から如来さまのお心を感じるのです。諸仏の仲間入りをした父の心。
いつも私を心配し心にかけて喜びも苦しみも悲しみも共にしてくれる親の心。
如来さまの心ってこれなんだなあと、なんともうれしくあたたかい気持ちにな
るのです。
　今年もまた「おはぎ」を食べ、如来さまのみ光にどっぷりとつかって、生か
されている私であることを喜ばせていただこうと思います。

「よび声はるかに」2002.2.1　本願寺出版社